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福岡高等裁判所 昭和38年(ラ)3号 決定 1963年6月26日

理由

1  論旨は要するに、(1) 本件強制競売の基本たる金銭消費貸借公正証書には、債権者新日本技研工業株式会社(競売申立人)代表取締役大西福太郎が自身公証人役場に出頭し、同公正証書に署名押印したように表示されているが、大西福太郎は公証人役場に出頭したことはなく、件外古野義之がほしいままに右債権者会社代表取締役大西福太郎であると自称して本件公正証書に前示の署名押印をしたもので、無効の証書である。民訴第五五九条第三号本文の公証人がその権限内において成規の方式により作つた証書というのは、公証人法第一条第二条第一七条第二二条第二六条第三五条第三六条第三項第六項第三九条第四一条の規定に違反しない公正証書で、後日の追完を許さないものであるから、本件公正証書のように当事者の一方の存在しない無効の公正証書は、たとえこれに執行文が付せられても適正の公正証書ということはできない。(2) 本件公正証書記載の債権は不存在である。(3) 同公正証書に表示されている消費貸借契約は債権者会社の詐欺によつてなされた意思表示であるから、抗告人において、すでに取消しの意思表示をしているので公正証書記載の債権は消滅している。(4) 右(1)ないし(3)の事実存する場合強制競売の目的不動産の所有者である抗告人は、強制競売手続開始決定に対し、民訴第五四四条により異議を申立てうると解するというに帰する。

2  いわゆる執行の方法に関する異議の申立も、請求に関する異議の訴も、ともに違法な強制執行の排除是正を目的とするものであるが、民訴第五四四条と第五五九条第三号第五六〇条第五四五条第六二条第三項とを対照すれば、執行証書を債務名義とする場合、前者は強制執行の実施に際し、執行手続における形式の不法(形式上のかし)を是正すると同時に執行手続を適法に進行終了させることを目的として認められた不服の申立であり、これによつて実体的執行請求権の執行力を阻止しうるものではないのに反し、後者は執行証書に表示されている実体的請求権(公正証書の内容たる請求)の不存在ないし執行力(債務名義たる公正証書そのものの執行力)の不存在を主張し、執行証書の執行力の排除を請求するものである。すなわち前者の異議理由は主として執行手続における形式上のかしに存するので、債務者は訴の方法によらず書面または口頭をもつて容易く異議を申立てうるし、また裁判所は必要的口頭弁論を経ることなく、多く簡易な手続によつて、決定をもつて裁判する建て前であるが、後者の異議理由は主として実体上に存在するので、債務者の異議の主張は必ず訴の方法によるべく、また裁判所は必要的口頭弁論を経て判決をもつて裁判する建て前である。本件執行証書に前記(三)1(1)のとおり、古野義之が債権者会社代表取締役大西福太郎であると冒称して、署名押印したとすれば、同執行証書はその内容たる請求を公証するの効力も、執行力もともに有しないことは当然であるから、抗告人としては請求に関する異議の訴によつて、本件執行証書の執行力の排除を求むべきで、執行の方法に関する異議の申立によつて救済をはかることはできないのである。かりに古野義之が右会社代表取締役大西福太郎の代理人であり、代理人としての自己の署名押印をすべきところを誤つて委任者たる右大西福太郎本人の署名押印をしたものであるとしても、執行証書が一旦作成された以上、後日これを追完することは所論のとおり許されないし、また債権者会社が古野義之の行為を無権代理人のそれとして追認したとしても結論において変りはない。(附言すれば右のような場合当事者は改めて更正の公正証書の作成を公証人に嘱託して、よつて作成された更正公正証書と本件の金銭消費貸借公正証書と相まつて一つの執行証書としての効力を有することになる)

さらに、前示(三)1の(2)及び(3)に主張する事実も要するに本件執行証書に表示されている実体的請求権の不存在、消滅を主張するものであるから、前の説明のように執行の方法に関する異議の申立によつて主張しうべきかぎりでなく、請求に関する異議の訴によつて主張すべき事実である。

以上の説示に反し、執行の方法に関する(強制競売手続開始決定に対する)異議の申立において主張しうるとする論旨は独自の見解で、採用のかぎりでない。

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